スタッフコラム

 金ヶ崎城に行きました



日本各地の城跡や史跡を訪ね歩くのが趣味です。


少し前までは、天守がある城の方が見た目に好きだったのですが、最近になってその歴史や意味を知るところが面白いと思います。
北陸にも城跡はいくつもありますが、先日初めて敦賀の金ヶ崎城跡を訪れました。信長の「金ヶ崎の退き口」として有名です。

石垣すらない海抜80メートルちょっとの小さな山城なのですが、かつて歴史の表舞台に二度までも出たことがある重要な城です。

最初は南北朝時代、そして二度目は戦国の信長の頃。

敦賀湾を見下ろせる高台にあり、港を監視し支配するための城で、三方を海と川で守られた難攻不落の山城だったそう。
残念ながら、今はほとんど残っていないのですが、堀切などからかつて城があった名残を感じられます。


写真は月見御殿跡から見下ろす敦賀湾。



 




信長は常勝で一気に天下取りの階段を駆け上ったイメージがありますが、意外と戦には負けていて、この金ヶ崎の撤退戦もその一つです。

秀吉・光秀の協力で、命かげて逃げのびたと言われています。
京都についた時には供の者は10人程度だったそうですから、死んでいてもおかしくなかったのかも。


歴史は紙一重ですね。


今となっては静かで何の変哲もない小さな山なので、重要な戦があったなんてにわかに信じがたいですが、
かつて信長や秀吉が駆けたかもしれない山道を、息切れしながら登りました。

金ケ崎は歴史の勉強も出来て見応えありました。


次はどの城に行こうか悩み中です。







--- N.W ---








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